がん末期でお悩みならクリニックC4。末期がん、多発転移でもクリニックC4のトモセラピーなら治療の可能性があります。

〒151-0062 東京都渋谷区元代々木町33番12号

ステージ4患者さんへ行う緩和ケアとは

ステージ4患者さんへ行う緩和ケアとは

トップページ >> 緩和ケアに関する記事一覧 >> ステージ4患者さんへ行う緩和ケアとは

ステージ4でも自分らしく生活するとはどういうことか。何を大事にして、何を思って選択したのか。緩和ケアの本質に迫る、2人の生き方や考えに触れていきます。

ステージ4における緩和ケア事例1.大腸がんの男性(73歳)

平野治行さん、73歳。
大腸がんによる腸閉塞で入院し、緊急手術を受けます。

もともと大腸は、ホースのような腸管を食べ物が通って消化・吸収を繰り返すという臓器。
しかし、大腸がんが巨大化することによって腸管を塞ぎ、食べ物の通過が困難となったり、腸を巡る血管を押しつぶして血流障害を起こしたりすることがあります。血流が一定時間途絶えると、腸の組織が壊死したり腸の壁に穴が開くこともある、かなり危険な状態となるのです。
この場合、まずは手術で腸管を塞いでいる原因を取り除くのが通例。疾患の根治を目指すのではなく、症状の軽減を目的とした治療になります。

その後、平野さんは肺や肝臓に転移が見つかり、ステージ4で完治できないと診断を受けました。
ステージ4と診断された場合、転移している場所や組織の種類のほかに、年齢や体力、栄養状態などが加味されたうえで治療方針を打診されます。
しかし、その治療が功を奏さない場合は徐々に体力が落ち、治療を継続できないことも。その場合、積極的治療から症状緩和を目的とする対処療法へと移行することが多くなりますが、積極的治療から外れることによって「もう手だてがなくなった」と絶望感を抱く方もいます。

抗がん剤や放射線治療などを受けることは、副作用や日常生活の制限を伴います。そのため、自身の残された生き方と治療を受けるハンデを天秤にかけ、最初から治療を希望されない方も。
平野さんもそのおひとりであり、積極的治療は希望されず、緩和ケア診療所に通院しながら現役の設計士として仕事を続けることを選択しました。

仕事があるから自分は生きていられる、と語る平野さん。
仕事中も痛み止めの経口モルヒネを内服し、効果が出るまでの30分間を耐えます。
新規の仕事を3つ抱え、「まだ死ねない」。
自分に言い聞かせているのか、この状況を楽しんでいるのか。言葉に力が入ります。

それから時が経ち、徐々に食事の量も減って、数秒間の意識消失も伴うようになっていました。
体重は以前の64㎏から50㎏を下回り、4日間で口にしたのがヨーグルト2つのときも。

ステージ4のがん患者が起こす食欲不振には、さまざまな要素が絡んでいます。
平野さんのような大腸がん、胃がんや食道がんなどの物理的に食べ物の通過に影響するがんはもちろん、全身の衰弱や心理的ストレス、治療を受けていれば治療の副作用なども影響します。
病院にいれば多くは輸液治療が行われますが、患者の必要なエネルギーに対して過剰投与になってしまうと腹水や胸水、むくみなどの新たな苦痛が生じます。そのため、少量でも患者の好きなもの、食べて心地の良いものを口にして、QOL(生活の質)を可能な限り維持できるケアへとシフトしていくのです。
栄養面は考えず、好みのものを家族と一緒に食べる。そのことは本人のみならず、家族にも精神的安定を与えます。

平野さん自身、食事摂取量が低下しても仕事に対する意欲は変わりませんでした。
設計した漬物製造ユニットが完成し、お披露目会では誇らしげな表情。筋力と呼吸機能の低下が見られ始めたときにも講習会を開き、自身の知識と技術を次の世代に繋げます。
外出が困難となったときも、自宅で横になりながら設計図を作成。
最後の最後まで仕事に励み、妻に見守られた最期でした。

治療がなくなったがん患者を支えるのは、痛み止めや点滴なのではなく、残された時間でどのように生きていきたいかという本人の意志と、その選択を支える家族なのだと考えさせられます。

※参照:ステージ4の73歳がん患者「緩和ケアの最後の1年間」

ステージ4における緩和ケア事例2.肺がんの緩和ケア医(45歳)

自分自身ががん患者であり、ステージ4と診断された緩和ケア医がいます。

神戸市「関本クリニック」の院長である、関本剛さん(45歳)です。

緩和ケア医とは、がんに伴う痛みやだるさ、息苦しさ、吐き気などの体のつらさ、精神的な心のつらさに対して専門的なケアを提供する医師のことです。対象はがん患者本人のみならず、その家族も含まれます。

咳が続いていたため検査を受けた関本医師。肺に4cm大の影が見つかり、「肺がん」と診断されます。進行度合いは、脳にも10箇所の転移があるステージ4。
肺がんのステージ4と告げられた場合、そのうちの50%は2年しか生きられないといわれるほど生存率は低く、厳しい状態でした。

がんが脳に転移すると、腫瘍が脳を圧迫して脳がむくみます。そのむくんだ箇所が脳のどの位置なのかによって症状が大きく変わり、不全片麻痺や頭痛、けいれん、意識障害、ふらつきなどが起こるようになります。
そんな症状を抱えつつも、抗がん剤治療を受けながら地域の緩和ケア医としてあり続けることを選択した関本医師。
「がんはもう治らない」そう告げられる当事者の気持ちを改めて知り、当事者と同じ土俵に立ちながらも同じくがんで苦しむ患者を支え、寄り添いながら語りかけます。
「お互い、楽に長生きしようね」と。

宣告からちょうど2年、左手に麻痺が出始め、脳や脊髄(背骨の中にある神経の太い束)の周りを取り囲む髄液にがん細胞が拡がった「髄膜播種」が見つかりました。ろれつも回りにくい状況です。
一般的に髄液に存在するがん細胞は、髄液循環(脳と脊髄の周りを巡る髄液の通り道)を通って神経や脳、骨髄などで増殖し、関本医師のように手足の運動障害や知覚障害、尿が出づらくなったりする排尿障害、頭痛、嚥下障害(食べ物を飲みこむ運動の障害)などが見られるようになります。

関本医師はそれでも精力的に講演会を開き、自身の経験を伝えていきます。
徐々に変わりゆく自身の体に対し、最初の2年はだてじゃなかった、と感じながらも、「立ち直れたのは周りの支えがあったから。それだけで与えられた命を楽しみぬこう、そういう気持ちになれた」と話されるのです。

2年たった今も、関本医師はできる範囲で診療を続けています。
抗がん剤の副作用が酷く、「がんに負けるみたい、ふがいない」と治療を続けるべきか悩んで来院されたがん患者。じっくり傾聴しつつ、自身の経験を交えて「治療に向き合う体力をまだ持っていると思う。またやってみようかなと前向きになれたら、リトライしてみてもいいと思う。」とアドバイスを行います。

同じ悩みを持ったがん患者同士だからこそ、医師のアドバイスに対して「参考になる」とまっすぐに受け止めて貰える。
「残された時間をやりぬこう、楽しみぬこう」という関本医師の思いが、ステージ4という厳しい現実に折れた心を動かすのです。

同じく肺がんと診断され、もう治療がないと医師から告げられたがん患者が、絶望のなか関本医師と出会いました。
関本医師のアドバイスのもと、在宅療養を選択して自宅に戻り、家族で旅行するという希望を果たします。最後は生前に希望した通り、家族に見守られながら最期を迎えられました。

「与えられた命を楽しみぬく」
そのために、治療や病気に向き合う以外の時間も関本医師は大切にしています。
医師仲間とフットサルを楽しむ時間や、新しく迎えた子犬を家族みんなで大切にする時間。
「もうちょっと楽してもいい。周りに甘えて、より好きなことをしたいですね」

※参照:よんちゃんTV/自分自身ががんになった『緩和ケア医』ステージ4と診断されて2年...今も患者に寄り添う「患者さんから勇気をもらえる」

ステージ4の緩和ケアと並行できる治療とは

ステージ4で手立てがないからと緩和ケアをただ続けるのではなく、がんが進行しても受けられる治療に着目してみるのも一手です。
ここでは、近年注目を集める放射線治療「トモセラピー」をご紹介します。

従来の放射線は一定方向のみからの照射であることから正常な細胞に当てる線量のコントロールが難しく、出血や穿孔(組織に穴を空けること)、壊死などの有害事象の発生を抑える程度までしか照射ができませんでした。
一方、トモセラピー治療はCTの機能を持ち合わせているため、日々少しずつ位置が変わる組織に対して治療直前にCTで位置を確認し、がん細胞の正確な位置を割り出したうえで照射が可能となっています。
さらに、360度らせん状に放射線を当てることで、重要臓器を避けながら高い線量をがん細胞のみに狙い打ちすることが可能に。

正常な細胞を避けながら、がん細胞のみに高い線量で照射できる。つまり、副作用を可能なかぎりなくし、QOL(生活の質)を維持しながら、質の高い効果的な治療を受けることができるのが「トモセラピー」。
自宅や職場から通院しながら治療を受けられるので、QOLを維持しながらがんと闘うことが叶います。

私たちクリニックC4は『がんをあきらめない』