「末期」という言葉は、単にがんの進行度だけを指すものではなく、治療の方針を大きく切り替える大切な時期でもあります。あらかじめこれから起こりうる症状や、その苦痛を和らげる方法を知っておくことは、これからの心の準備となり、ご本人やご家族が大切にしたい穏やかな時間を守ることに繋がります。
本記事では、乳がんにおける「末期」の意味を踏まえたうえで、現れやすい体と心の症状、そして最期の時までその人らしく過ごすための「緩和ケア」について詳しく説明します。
まず初めに、「ステージ4」と「末期」という言葉の違いを整理しておきましょう。インターネットなどでは混同されがちですが、これらは異なる意味を持っています。
がん細胞が乳房から離れ、骨や肺、肝臓、脳など、遠くの臓器にまで転移(遠隔転移)している状態を指します。これはあくまでがんの広がりの度合いを示す言葉であり、この段階であっても、ご本人の体力や状態に合わせて積極的なお薬の治療などが検討されます。
がんの広がりに関わらず、「手術や抗がん剤などの積極的な治療を続けても効果が期待できなくなり、治療による体へのダメージ(副作用)が、得られるメリットを上回ってしまった状態」を指します。
一般的に、医師が「末期」と判断する背景には、主に以下の3つの理由があります。
目に見える部分だけを無理に手術で取り除いても再発の可能性が高く、体への大きな負担や免疫力の低下を招き、逆効果になるリスクが高いためです。
抗がん剤などの治療には強い副作用が伴います。体力(パフォーマンスステータス)が著しく落ちていたり、腎臓や肝臓の機能が弱まったりしていると、治療を続けるリスクのほうが大きくなってしまいます。
標準治療(手術・放射線・薬物療法)をやり尽くしたり、がんが薬に慣れて(耐性を持って)効果が出なくなったりして、保険診療内で使えるお薬が残らなくなった場合です。
末期を迎えると、医療は「がんを完全に治すための治療」から、「苦痛を和らげる治療(緩和ケア)」へと方針が変わります。これは決して治療を諦めるという意味ではなく、つらさを取り除き、穏やかな時間を一日でも長く確保するための前向きな方針転換を意味しています。
乳がんは、他のがんに比べて「骨」に転移しやすい性質を持っています。背中や腰、肋骨(ろっこつ)などに強い痛みを感じることがあります。
【検討されるケア】
現代の医療では、医療用麻薬(モルヒネなど)や鎮痛薬の使い方が非常に進歩しており、痛みを上手にコントロールできます。また、痛みが特に強い部分に対しては、ピンポイントで「放射線治療」を行うことで、痛みの原因を元から和らげることもあります。
がんが肺に転移したり、肺の周りに水が溜まる「胸水(きょうすい)」が起こったりすることで、息苦しさを感じやすくなります。少し動いただけで息が上がったり、咳が止まらなくなったりすることもあります。
【検討されるケア】
苦しさを楽にするために、お部屋での酸素吸入や、胸に溜まった水を管から抜く処置が検討されます。また、ベッドの背もたれを少し起こしてあげるだけでも、横隔膜が下がって呼吸が劇的に楽になる場合があります。
※骨がもろくなっているおそれがあるため、ベッドの上で体の向きを変える際(体位変換)は、一箇所を引っ張るのではなく、ゆっくりと広い面で体を支えるように優しく動かしてあげましょう。
乳がんが進行すると、腫瘍が胸の皮膚の表面にまで顔を出したり、皮膚が崩れて潰瘍(かいよう)のようになったりすることがあります。これに伴い、じわじわとした出血や浸出液(体液)、そして独特の強い臭いが生じることがあり、女性としての尊厳や精神面に大きなストレスを与えます。
【検討されるケア】
出血を抑えるための処置や、臭いを消すための専用の軟膏(メトロニダゾールなど)の塗布、衣服や下着を汚さないための専門的なガーゼ保護などのケアが行われます。
がんが脳へ転移したり、肝臓や腎臓の機能が落ちたり、あるいは痛み止めのお薬の影響などによって、意識がぼんやりすることがあります。
・傾眠(けいみん):
うとうとと眠っている時間が一日の大半を占めるようになります。
・せん妄(せんもう):
時間や場所が分からなくなってつじつまの合わないことを言ったり、そこに見えないものが見えたり(幻視)、急に興奮して大声をあげたりする状態です。
昨日まで穏やかだった方の性格が急に変わってしまったように見え、ご家族はショックを受けるかもしれませんが、これは脳の機能低下が起こす「病気の症状」です。決してご本人の意思でも、ご家族の看病のせいでもありません。興奮しているときは否定せずに話を合わせたり、手を握って優しく声をかけたりして、なだめてあげると落ち着くことが多いです。
この時期の医療の目標は、がんを無理に退治することではなく、「できるだけ苦痛をなくし、自分らしく過ごせる時間を何より大切にすること」です。
ご本人の体力が許す範囲内で、ホルモン療法や分子標的薬、優しい抗がん剤などを用いて進行を遅らせ、腫瘍が大きくなることによる痛みを防ぐ治療を行います。また、脳転移による頭痛やふらつきを抑えるために放射線をあてることもあります。
もし、お薬の副作用による体へのダメージが上回るほど体力が低下している場合は、抗がん剤などの使用は中止し、つらさを取り除く「緩和ケア」だけに専念する選択が検討されます。
緩和ケアとは、患者さんが抱えるあらゆる「つらさ」を和らげ、その人らしく過ごせるように支える医療のことです。かつては「治療の手立てがなくなった人の最期の手段」と誤解されていましたが、現在は「がんと診断された時から、がん治療と並行して行うもの」へと常識が変わっています。
緩和ケアでは、患者さんのつらさを以下の4つの側面(全人的苦痛=トータルペイン)からトータルで支えます。
骨や臓器の痛み、息苦しさ、吐き気、だるさ、食欲不振、不眠などを医療の力で和らげます。乳がんの方に起きやすい、手術後の腕のむくみ(リンパ浮腫)による重だるさへのケアもここに含まれます。体が痛ければ心も塞ぎ込んでしまうため、まずはこの体の痛みを薬や処置で取り除くことが、すべての土台となります。
病気の進行への不安や死への恐怖、孤独感、深い落ち込み(うつ状態)に寄り添います。心のつらさは、脳の痛みの神経を過敏にし、体の痛みをより強く感じさせてしまう原因になります。専門の心理士などと連携してお話を聞いたり、お薬の力を借りて心の安定を図ったりします。
入院や治療費による経済的な負担や、仕事・家事ができなくなったことによる「役割の喪失感」への悩みです。「家族に迷惑をかけて申し訳ない」という罪悪感には、専門のソーシャルワーカーが相談に乗り、公的な医療費支援制度や介護サービスの手配を行い、生活環境を整えます。
「なぜ私だけがこんな病気になったのか」「私の人生にはどんな意味があったのか」という、人間としての根源的な苦しみです。これらは誰もが抱く「生きる意味」への問いかけです。医療者が簡単に答えを出せるものではありませんが、その想いに真摯に耳を傾け、ご本人が自分なりの安らぎを見つけられるよう、ご家族と一緒に寄り添い続けます。
これらのつらさは複雑に絡み合っています。「お金の不安」があるから「眠れなくなり」、その結果「病気への恐怖」が強まる、といったことも起こります。だからこそ緩和ケアは、ただ痛み止めを出すだけでなく、これらすべてを包括して支えようとする医療なのです。
緩和ケアは、これまで通り病院の外来や入院で受けられるほか、専門の「緩和ケア病棟(ホスピス)」や、住み慣れた「自宅(在宅緩和ケア)」を選ぶことも可能です。自宅を希望される場合は、訪問診療医や訪問看護師が定期的に自宅を訪れ、24時間体制で夜間の急変にも対応できる仕組みが整っています。現在の体調やご家族の状況に合わせて、最適な場所を選ぶことができます。
乳がんにおける「末期」とは、ステージだけで決まるものではなく、積極的な治療から「苦痛を和らげるケア」へと方針を切り替える時期を指します。骨転移による痛みや、肺転移による呼吸の苦しさ、皮膚の潰瘍、せん妄といった意識の変化など、体と心にさまざまな変化が現れますが、これらを医療の力でコントロールする方法はしっかりと確立されています。
治療の中心となるのは、無理のない範囲での薬物療法と、それらを根底から支える「緩和ケア」です。緩和ケアは、最期までその人らしく、痛みのない穏やかな時間を守り抜くための前向きな医療です。
決して一人で、またはご家族だけで抱え込まず、主治医や看護師、緩和ケアチームに今の不安や希望を伝えてください。あなたらしい時間を守るための専門的なサポートが必ず見つかります。
クリニックC4は
末期がんや再発がんはもちろん
「治療方針に迷っている」
「手術以外の選択肢を探している」
という段階からのセカンドオピニオンを広く受け入れています。まずはご相談ください。